大判例

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東京高等裁判所 平成7年(ネ)3848号 判決 1996年2月28日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、本判決確定の日から六か月を経過した日以降、原判決別紙物件目録記載の土地上に一般廃棄物を排出してはならない。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  被控訴人の本案前の主張に対する判断は、原判決の「第三 当裁判所の判断」欄一項の記載と同じであるからこれを引用する。

二  控訴人の本件差止請求について判断する。

前記「第二 事案の概要」欄一項記載の事実に併せ《証拠略》によると、以下の事実を認めることができる。

1  控訴人は、昭和五六年三月、小田急分譲地内の頭書住所地に自宅を設けて母と二人で居住するようになったが、昭和五九年にそれまで勤務していた小学校の教員を退職し、また同年に母が亡くなって以降は、右の自宅で年金生活をしながら独居している。

2  控訴人が利用しているCブロックのごみ集積場は、控訴人が右自宅に居住を始めた当時は、北隣りの空地前歩道上にあったが、間もなく右空地に丙川方建物が建築されると、さらにその北隣りの空地前歩道上に移動し、平成三年六月、右空地に丁原方建物が建築されると、控訴人方南隣駐車場前の歩道上の本件集積場に設置された。

3  各ブロック内のごみ集積場の決定手続や要件について、自治会には従前定まった規則等は設けられておらず、本件集積場へごみ集積場を移転するについても、少なくとも当時の自治会長の関与のもとに行われたことの他には、どのような手順がとられたのかは明らかでない。

4  本件集積場のあるCブロック周辺は、第一種住居専用地域に属し、二階建以下の低層一戸建を中心とする住宅地であり、現在本件集積場を利用しているCブロックの世帯数は、本件集積場がある大通り沿いの一八世帯とその裏通り沿いの三一世帯の合計四九世帯である。横浜市による本件集積場でのごみ収集作業は、毎週月曜、水曜、金曜の三回行われるが、一回当たりの排出量は、概ね七立方メートル前後で、多いときは一〇立方メートル近くになることもある。住民がごみ排出を行う時間帯は午前八時から同九時ころまでの間が多く、本件集積場の清掃作業は、Cブロック内の世帯で当番を決めて順に行っている。横浜市のごみ収集車が本件集積場に到着する時刻は、午前一〇時三〇分前後が多いが、早いときは午前九時前のこともあり、遅いときには午後になることもある。

5  本件集積場は、控訴人方の略南方の歩道上にあり、控訴人方敷地との距離は、最短距離で約二・七メートルの位置にある。控訴人は、本件集積場が設置されて以来、猫が生ごみを本件集積場から控訴人方敷地内に持ち込んで散らかしたり、そこで排泄したりするほか、本件集積場から漂ってくる悪臭や、ごみが散乱して汚穢した本件集積場の様子が間際に見えること等による不快感に悩まされるようになった。

6  控訴人は、自宅敷地内へ猫が侵入するのを防止するため、自宅敷地のガレージ入口の扉に金網を張り、また、Cブロック以外の部外者が本件集積場にごみを投棄するのを見つけては注意するなどして自衛をする一方、平成四年四月に開催された自治会総会に出席して、ごみ集積場の位置を固定せずに、一定期間毎に場所を移動させる輪番制にして欲しい旨を訴えた。控訴人は、その後も、自治会長、運営委員、環境委員等の自治会役員らに働きかけをし、また、平成二年から輪番制を採用したブロックの経緯を調べるなどしたうえ、平成四年六月、自らアンケートを配付してCブロックの大通り沿いの一八世帯の意向を集計したところ、輪番制に賛成するもの一二世帯、反対するもの二世帯、回答がないもの三世帯、その他一世帯という結果であった。控訴人は、これを自治会役員に伝え、自治会の会合に上程されるなどして検討が開始されることを期待したが、その後も具体的な動きが見られず、むしろ、その間の役員らの言動からは、本件集積場が接する大通りの向側のCブロックの世帯の中に、輪番制に強行に反対する者がおり、それが輪番制の実現作業の障害となっている様子が窺われた。

7  その後、控訴人の前記の自治会総会の発言をきっかけとして、Cブロック以外のブロックに属する第三公園前の地区の住民から、ごみ集積場の位置の変更を要望する動きがあり、これを受けて自治会によるアンケートが実施されたうえ、輪番制の採用が決定され、同地区では、平成四年一一月から輪番制が実施されるようになった。

8  控訴人は、その後も自治会役員らに、輪番制の採用について善処を求めていたが、委員会に上程する等の動きも見られないため、弁護士と相談の上提訴を決意し、弁護士を介してその意向を自治会に伝えたところ、平成五年二月、自治会長、環境委員連名によるごみ集積場の変更の要否及び輪番制採用の可否等を問うアンケートがCブロックの表通り沿いの一八世帯に配付された。その集計結果は、ごみ集積場の変更に賛成が九世帯、反対六世帯、自治会一任二世帯、無回答一世帯であったが、賛成が過半数に達しないとの理由で、本件集積場の位置の変更や輪番制の採用はなされなかった。

9  控訴人は、平成五年二月二六日、控訴人が行った前記6項記載のアンケートに対して輪番制に賛成の意見を寄せなかった五世帯の世帯主を相手取って本訴を提起した。原審裁判所は、同年一二月九日第五回口頭弁論期日に当事者に和解を勧試したが、被控訴人一人話合いを拒否したため、被控訴人については弁論を分離した上審理が進められ、その余の四人については和解期日が重ねられた。和解については、合意に至らなかったが、訴えを取り下げれば、さらに話合いを続行するとの意思が示されたため、控訴人は訴えを取り下げることとし、被控訴人についても訴えを取り下げれば話合いに応じて貰えるのではないかと考えて、併せて本件訴訟全部について原審に対して取下書を提出した。これに対して、被控訴人を除く四名の被告らは取下げに同意して同人らの事件は終局したものの、被控訴人のみはこれに同意せず、その後開かれたCブロックのごみ置場利用者の集会にも、被控訴人は出席しなかった。また、当裁判所による和解の打診にも、被控訴人は、これに応ずる意思のないことを明らかにしている。

10  平成七年四月、自治会役員が改選され、被控訴人が平成七年度の自治会長に就任したが、同人は、ごみ集積場の問題を自治会の問題として取り上げる姿勢を示していない。

11  横浜市の廃棄物処理指導基準によると、家庭ごみの収集について、戸建住宅の場合、ごみ集積場一か所あたりの適正な世帯数は、概ね二〇世帯から三〇世帯とされており、本件集積場を管轄している横浜市環境事業局の所轄事務所は、現在四九世帯を数えているCブロックの分割は可能であり、輪番制へ移行することについても、交代期間を一年間以上とすること、ごみ収集車の利用に支障がない場所を選定することの他には、収集作業上格別の障害はなく、Cブロックの場合、裏通りでの収集作業も原則として可能であるとしている。なお、横浜市廃棄物等の減量化、資源化及び適正処理等に関する条例(平成四年九月二四日条例第四四号)五条は、「(市民の責務)市民は、廃棄物分別排出の促進等により、減量化、資源化及び適正処理及び地域の清潔の保持を促進するとともに、その実施に当たっては、相互に協力するよう努めなければならない。」として市民の相互協力義務を定め、同六条は、横浜市、事業者及び市民の相互協力、連携義務を定めている。

12  被控訴人は、Cブロック内の本件集積場が接する大通りの向側の住民であり、妻と成人の子供二名を含む世帯であって、本件集積場に一般廃棄物を排出している。

三  そこで、前項認定の諸事情によって考察してみるに、控訴人が本件集積場によって被っている悪臭、ごみの飛散、不潔な景観による不快感その他による有形、無形の被害が、受忍限度を超えるものであるかどうかの判断にあたっては、単に被害の程度、内容のみに止まらず、被害回避のための代替措置の有無、その難易等の観点のほか、さらには関係者間の公平その他諸般の見地を総合したうえでなされるべきものと解される。

控訴人が本件集積場によって受けている前記のような被害は、家庭から排出される一般廃棄物の処理に当たり、その適正化、効率化のためごみ集積場を設けることが不可欠であり、ごみ集積場からは右のような被害が発生することは避けられず、このことに被害が主観的、感覚的なものであることを考え併せると、当然に受忍限度を超えるものとは解し得ない。しかし、控訴人の受けている被害が何人にとっても同様の不快感、嫌悪感をもたらすものであるところ、輪番制等をとって、本件集積場を順次移動し、集積場を利用する者全員によって被害を分け合うことが容易に可能であり、そうすることがごみの排出の適正化について市民の相互協力義務を定めた前記条例の趣旨にもかなうことよりすれば、そのような方策をとることを拒否し、本件集積場に一般廃棄物を排出し続けて、特定の者にのみ被害を受け続けさせることは、当該被害者にとって受忍限度を超えることとなるものと解すべきである。本件集積場は、平成三年六月に設置されて以来、五年近くそのままとされ、その間控訴人は、前記の被害を受け続けており、被控訴人は、控訴人の話合いの申出や裁判所の和解勧告を拒絶したまま、本件集積場に一般廃棄物を排出し続けているものであるが、右判示の趣旨にのっとり、自宅前道路に本件集積場を移動することの検討などを含めて、積極的に本件解決のため努力すれば、控訴人の右被害を免れさせ得る立場にあるものというべきであるから、これを漫然放置し、本判決確定後六か月を経てなお一般廃棄物を排出し続けることは、控訴人の受忍限度を超えるものとして、許されないものと解すべきである。

したがって、本判決確定の日から六か月を経過した日以降、被控訴人に対して本件集積場への一般廃棄物の排出の差し止めを命じるのが相当である。

四  よって、控訴人の人格権に基づく本訴請求は、右の限度で理由があるから、以上と異なる原判決を右の趣旨にしたがって変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条ただし書、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 町田 顕 裁判官 村上敬一 裁判官 中村直文)

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